10.生命誕生後の新規エネルギー獲得系の創生
ここからは話題を変えて、始原袋から原始細胞に進化する過程で、物質代謝系を確立しながら生命が誕生したが、その物質代謝系の創生過程を考慮しながら、新たな系として、その後の地球規模で起こった好気的大気変化に伴うTCA回路や、酸化的リン酸化機構による莫大なATP獲得系がどのように創生されたかについて考えてみる。
酸素を利用したエネルギー獲得系の創生
ここで重要なことは、基本的にはこの新たに創生されたエネルギー獲得系でも、原始前生物環境で生成されたタンパク性物質の情報が基盤となっていることでは変わりないという点で、少なくとも私はそう考えている。
生命誕生後、地球の大気は嫌気的状態であった。この条件下で物質代謝を維持するためのエネルギーは嫌気的な解糖系で、ブドウ糖1分子から2分子のATPが獲得されていた。その嫌気的な大気が光合成細菌の出現で、発生する酸素によって好気的大気に変換したといわれている。この変換が、酸素を利用したエネルギー獲得系を創生する契機となった。即ち、現生のTCA回路と酸化的リン酸化機構によるATP獲得系は、この酸素変換で正味でほぼ30分子のATPが獲得されるようになり、この莫大なエネルギーの獲得が以後の生物進化に大きな影響をもたらした。
ここで問題なのは、これらのTCA回路や酸化的リン酸化機構を構成する多様な新しい酵素タンパク群を細胞が、どのよう創生したかである。創造的世界である開放的な原始前生物環境で、この新しいエネルギー獲得系の創生に必要な多くの新規タンパク質の原型が意図性もなく無作為に創生された。生物が大気の酸素転換に伴ってTCA回路や酸化的リン酸化を創生する場合でも、拡散して互いに関連していなかった必要な素材や酵素タンパクを意図性をもって寄せ集めて、新規の機構を創生したのではないかということは、先に述べたとおりである。
これは後で説明するが、一般的に、細胞が新たな酵素タンパクをコードする遺伝子の創生は、主に偶然的な重複と変異によるものとされている。もし、この従来から考えられているこの新規遺伝子の創生方法で、新規の大量エネルギー獲得 機構が完全に作動するためには、厖大な時間がかかると考えられ、急速な大気の変換に対応できただろうかという疑念を抱くのである。
一方、私は、一度合成したことのある物質は、たとえその物質が消失しても、何らかの記憶の機構が存在していて、必要な時に想起するのではないかと考えている。その記憶の本体がその物質をつくったことがあるタンパク性物質の構造の中にあると考えており、このような記憶は、タンパク性物質の創生以来持ち続けた本姓の一つではないかと思う。即ち、原始前生物環境の開放系でいろいろな物質の合成・消失が繰り返されても、その合成様式の情報の記憶は、私が先に述べたタンパク性物質の合成に関わった”個別短鎖ペプチド複合体獲得装置(仮称)“に共有され蓄積されており、もし消失した物質が、何かの契機に再び必要になったとき、その触媒に関連するタンパク質の構造を想起しながら、迅速に対処できたと考えている。