21.エネルギー曲面 

 折り畳み過程でのエネルギー局面

ここまでタンパク質フォルデイングファンネルの概略について述べたが、折り畳み過程でのエネルギー曲面(energy landscape)は最初の構造が無秩序のため自由エネルギーの極小値が大きく、エントロピーも大きいが、構造が折り畳まれるに従い自由エネルギーが低下し、構造が秩序だってくることでエントロピーも小さくなる。ついには折り畳みが完結すると自由エネルギーもエントロピーも最も低い値を示す。エネルギー曲面はファネル状になり、折り畳みは水が上から下に流れ落ちるように進行するようになるが、その過程は一様ではなく非常にでこぼこしている。それは、複雑なタンパク質のエネルギー曲面において、自由エネルギーの極小基準と準極小基準とのエネルギーの高低差があまりないことに起因する。進行中の折り畳みの途中で間違って準極小基準に陥ると、局所的なエネルギー曲面のへこみが生じ、それ以上先に進めない、停止状態に陥るのである。この折り畳みが停止した状態を一旦ある程度まで巻き戻した後、折り畳みを再開して正しい最小基準の経路を探すという過程を繰り返しながら、エネルギー極小とエントロピー減少の極小基準の底まで落ちてゆくことになるのである。

 へこみの原因

折り畳み過程でこのような多くのへこみが生じる原因を、私なりに考えてみた。それはタンパク質構造の原型が不均一な短鎖ペプチド構成体の集積体であることに関係しており、さらにそれをもっとさかのぼっていけば短鎖ペプチドの複合体形成にたどりつくのではないかと考えた。短鎖ペプチド複合体形成には、自由エネルギーが極小基準の短鎖ペプチドが優先的に結合していくと考えられる。ある短鎖ペプチドが間違った準極小基準で結合した場合、それを一旦解離して極小基準に再結合するか、別の極小基準の短鎖ペプチドを選び会合することなどを繰り返しながら、極小エネルギーをもつ安定な固有の構造が出現したのではないかと考えている。言わば天然タンパク質構造の原型である短鎖ペプチド複合体の形成は、タンパク質の折り畳みの予行演習をおこなっていたのではないかと考えている。タンパク質の折り畳みは、その原型である短鎖ペプチド複合体の形成過程の短鎖ペプチドの配置を記憶していて、それに従って折り畳みが進行したのではないか。このように、一旦ある程度まで形成された流動的で柔軟性のある複合体が、いつの段階かわからないが複合体全体で構造内部が相対的に疎水アミノ酸による疎水結合が多くなり、表面構造は親水性アミノ酸が多く分布するような、大きな巻き戻しによる再編が起こり、構造の安定化がはかられるようになったとも考えられる。

 構造形成必須アミノ酸

一方、例えば酵素タンパクの立体構造は、一般的にコンパクトな球状であると考えられている。そのように各形態の立体構造を形成していく過程で、短鎖ペプチド複合体はどの短鎖ペプチド構成体と結合すれば立体構造のどの部分を形成できるかを複合体構築の経験則で学習したに違いない。ここで注目したいのは、短鎖ペプチド複合体が形成するのになによりも優先したのは、短鎖ペプチドのアミノ酸配列ではなく構造であるという点である。一般に、種間で同じ機能を持つ天然タンパク質のアミノ酸配列の相同性が30%以上であればほぼ同じ構造をとると見なされており、極端な例では10%以下でも構造が類似している場合があり、アミノ酸の相同性が90%以上異なっていても同じ構造を維持できるということである。10%以下の相同性で同じ構造と機能をもつ天然タンパク質を形成できることは、その相同であるアミノ酸が構造と機能の両方に関係していることから、構造に限っていえば構造形成に必須なアミノ酸残基が占める割合は、全体的として10%よりも低いことも考えられる。100個のアミノ酸残基のタンパク質の場合、そのアミノ酸配列に10個より少ない構造に必須のアミノ酸残基が共通に散在するならば、折り畳みにより類似した構造が形成され得ることが考えられる。それぞれのタンパク質は、構造形成に必須のわずかなアミノ酸残基が存在することになる。このようなアミノ酸残基を、私は「構造形成必須アミノ酸」とよぶことにする。

これらののことを考えると、原始前生物環境で一定の固有の短鎖ペプチド複合体が形成されるのに、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列が必ずしも同一でなくともよく、その構成体のアミノ酸配列に僅かの「構造形成必須アミノ酸」さえあれば、類似した複合体構造が形成されると考えられる。従って、複合体における「構造形成必須アミノ酸」の分布は、ある短鎖ペプチド構成体に集中する場合もあれば、全く存在しないペプチドもあり、不均一であったに違いない。

以上の結果から、短鎖ペプチド複合体ではなによりも構造が優先され、固有の複合体構造を形成できるように短鎖ペプチド構成体が選ばれたのに対して、アミノ酸配列はそれほど重視されていなかったと考えられる。アミノ酸配列が重視されるようになったのは、タンパク質のアミノ酸配列の情報をすべて収納しなければならない遺伝子が新たに創生され、同じアミノ酸配列のタンパク質を生成するほうが都合がよかっただけのことであり、リボソームが介在するタンパク質生合成機構が確立した時からであったと考えている。

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