9.原始袋における解糖系形成のもう一つの仮説

 原始前生物環境の開放系で合成された物質を包み込みながら創生された半透膜の原始袋の中で、解糖系をいかに形成したかについて、少し余談を交えながら私のもう一つの仮説を述べてみたい。

 現存する解糖系に関与する酵素タンパクの構造をみると、いずれも共通にβ-バーレル(barrel)構造をもち、その外側にさらにα-へリックス (helix)が取り囲むα/β-バーレル(barrel)の超二次構造になっていることが特徴である。原始前生物環境の段階で、このα/β-バーレル(barrel)構造に類似した原始的な超二次構造の骨格をもった短鎖ペプチド鎖複合体が数個会合した集積複合体について考えてみた。この集積複合体の構造様式として、複数個の原始的α/β-バーレル様構造の短鎖ペプチド複合体がリング状に会合すると、その集積した複合体の内部に、ある程度の容量をもった間隙が形成されることが考えられる。このようなリング状の集積複合体は、すでに原始前生物環境の開放系でも存在していたかもしれない。一方、原始前生物環境で、多種多様な触媒的短鎖ペプチド複合体によって合成された多くの低分子物質の中に、各種の糖リン酸化合物が存在していたに違いなく、これがリング状の集積複合体の間隙に入り込み、その内部でバーレル様複合体の間隙表面と絶えず衝突を繰り返し、その一つが糖リン酸化合物と結合し、やがて触媒機能をもつ活性部位が形成されるようになったのではないか。これを突破口として、この触媒反応で生じた新たな生成物が隣の複合体を刺激し、別の触媒作用を獲得しながら、連鎖的な連続反応が形成され、異なる触媒作用の誘導がリングを構成する複合体の数だけ行われたと考えている。この結果、連続的な化学反応が誘導され、部分的な解糖経路が間隙の場で創生されたと考えてみた。このような一連の触媒機能をもった雑多な部分的な連続反応系をもったリング状の集積複合体は、原始前生物環境では何の意図性もなく、無作為にできたと考えている。

 それが生命誕生の契機となった始原袋が創生されるときに、この糖リン酸化合物が入りこんだ状態のリング状集積複合体を包み込んだと考えた。そういう集積複合体を内蔵した複数の原始袋が膜融合で合体すると、集積複合体の個々の触媒性原始タンパク質(原始袋創生時はぺプチド複合体から一本鎖の原始タンパク質になっていたと考えている)の交換や、別の集積複合体との結合など、相互に補強し合いながら解糖系の原型ができていったのではないだろうか。リング状の集積複合体の形成の利点は、間隙内部に存在する基質の糖リン酸化合物の外部への拡散を防ぎ、壁と基質との衝突の頻度を高くし、触媒性原始タンパクの創生が促進されることと、リングを構成する原始タンパク質同士の結合が緩やかであれば、タンパク質の会合や解離などの交換も容易である点で、また連続反応の修復も容易であったと考えられる。
 

分子シャペロン構造

 私がこのリング状の集積複合体の間隙空間を思いついたのは、現存の分子シャペロンの構造をみたときであった。分子シャペロンであるHSP60は、通常7個のサブユニットのリングが二つ重り、14個の中空円筒型のシリンダー状になっていて、そこに変性したタンパク質が入り込み修復される仕組みになっている。私はこの分子シャペロン構造をみて、同一の骨格構造をもつ短鎖ペプチド複合体が少なくとも3個以上、リング状に会合すると内部間隙が形成されると考えた。しかし、そのリング状の集積複合体は、分子シャペロンのような堅いシリンダー状のものではなく、もっと緩やかに会合しているものを想像している。この内部空間は、いわばフラスコのようなもので、物質の拡散を防ぎ、物質を高濃度に維持することにより、独自の連続反応の創生が容易だったのではないかと考えた。現存する解糖系も、緩やかなリング状に配置されている可能性もあるのではないかと考えている。解糖系が実際にどのように形成されたのかはよくわからないが、他の代謝系の形成も解糖系がモデルになって同じような方法で形成されたものと考えている。

 以上、いささか荒唐無稽であるが、原始袋から原始細胞への進化で、物質代謝系ができあがっていく道筋を推論してみた。いずれにしても、原始細胞の原型となった袋の中で、部分的で適切な連続反応系同士が連結し、次第に代謝系が形成されてゆき、その結果取り込まれたブドウ糖だけで、あらゆる生体物質が自律的に生成できるというネットワークが完成させるという離れ業を演ずるまでになったのである。

 開放系の原始前生物環境で、意図性がなく無秩序にできた雑多な断片が、半透膜の袋の中に包み込まれ、膜融合を伴いながら急速に組織化され、物質代謝ネットワークがかたちづくられ、さらに一層複雑で高度の調節機構を伴う代謝経路を形成していく。この代謝経路の中で、解糖系はブドウ糖から始まりピルビン酸まで反応する12段階の中間代謝を含む一つの代謝単位であり、これを一つの断片と考えれば、このほかにも種々の物質にも独自の代謝単位、即ち、断片がつくられ、すべての代謝単位である断片が連結して全体の代謝経路が形成したと考えられ、ここにも断片化思想が影響していると想定される。これにより、唯一の炭素源としてブドウ糖を取り込むと、生命活動の運営に必要な物質を自律的に生産できるようになり、原始袋が生命の誕生の舵を切るきっかけの一つになったと考えている。

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