9.短鎖ペプチドと物質との選択的結合

 

二つの結合要件

まず、短鎖ペプチドと物質との選択的な結合について考えてみたい。先に述べたように、アミノ酸残基が十数個以下の短鎖ペプチドは揺らぎが生じ、複数の遷移構造になることが明らかにされている。それは、その骨格構造の回転の自由度が大きいことと、安定状態や準安定状態の自由エネルギー値にあまり差がないからである。このような、複数の構造をもつ同じアミノ酸配列の短鎖ペプチドが対象物質と結合するとき、どのようなことが起きるかを考えてみた。短鎖ペプチドと物質との間に非常に高い結合特異性を得るには、ペプチドのアミノ酸側鎖が物質の反応基と非共有結合するばかりではなく、さらに物質のかたちとぴったり合うような相補的結合の二つの要件を兼ね備えることが必要であると考えられる。

以上のことをもう少し説明するために、次のことを仮定してみた。多種類の短鎖ペプチドが存在している溶液に、ある一種類の物質を添加したとする。最初は比較的多くの単独の短鎖ペプチドやその複合体(このことについては後述する)が物質との間で、ファン・デル・ワールス引力のような弱い非共有結合の関係になると考えられる。その結合は僅かな熱でも離れてしまう程度のもので、特異性の低い状態であったかもしれない。しかし、短鎖ペプチドの構成アミノ酸の側鎖が物質の反応基と次々と衝突する間に、より強い結合力のある水素結合のようなものが優先的に結合するようになる。つまり、多くの短鎖ペプチドやその複合体が物質と衝突を繰り返すと、次第に結合力が強い側鎖をもつアミノ酸を含むペプチドを淘汰しながら、結合特異性が高くなると考えられるのである。

 

このような短鎖ペプチドが触媒的短鎖ペプチド複合体などに進化する過程で、唯一の基質に反応することが要求される場合がある。非常に高い基質特異性を獲得するためには、非共有結合だけでは不十分であることもある。そのため、短鎖ペプチドはその結合部位と対象物質との間の特異的な化学結合を保証しながら、物質を包み込むようにぴったり合うようにかたちを変えるようになったと考えられる。化学結合と相補的なかたちのバランスとの両方を維持する、この難しいクイズが解けるようなペプチドの構造がどうしても必要でなのである。

私はそのパズルを解くために、短鎖ペプチドとその複合体が対象物質の反応基と非共有結合すること、さらに相補的な構造を得られる複数の遷移状態の短鎖ペプチド鎖の存在に注目した。即ち、非共有結合力の最も高い短鎖ペプチド鎖が、さらに特異性を高めるために、複数の遷移構造をもつ同じアミノ酸配列の短鎖ペプチドのかたちの中で対象物質のかたちと最もぴったり合うものが選ばれたと推測したのである。これにより、化学結合と物質の相補的なかたちがうまく適応するという、難解なパズルを解いたと考えている。

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