8.物質の代謝経路のネットワーク

次に、原子袋が外界から取り込んだ担当であるブドウ糖から、生命の運営に必要な物質の代謝ネットワークがどのように創生したかを考えてみよう。

 原始スープに浮遊したであろう連続反応系

原始前生物環境で新規の物質Aが特定の触媒性短鎖ペプチド複合体Xによって合成されたとすると、それに伴って物質Aが触媒性短鎖ペプチド複合体Yによって反応生成物質Bが生じる場合があるとすると、その物質Bが、さらに触媒性複合体Zによって物質Cが生産されるとする。このように、ある物質が出現すると、連続した化学反応(A→B→C)がおこる場合があるとする。物質が創生されると、以後物質B,Cが固有の触媒性短鎖ペプチド複合体(X, Y, Z)によって連続的に生産されるのである。しかし、この連続反応系が意図性もなく無作為におこるため、反応が途中で停止してしまい、途中半端な雑多な連続反応系となってしまう可能性がある。

このようなことは多くの物質の間で起こり、長さのまちまちな雑多な短い連続反応系が“原始スープ”に浮遊していたと予想される。それを閉ざされた狭い空間である始原袋が取り込むと、短い反応系の各物質の密度が高くなり、不均一な断片的な連続反応系同士の衝突が盛んになり、連結の頻度が高くなり、連続反応系がさらに伸びていったと考えられる。即ち、連続反応系の末端物質の生成物が、別の連続反応系の断片の出発物質と同一であれば、それぞれの断片が連結して連続反応系の鎖がさらに伸びることになると考えられるし、あるいは二つの断片が直接連結できなくとも、それらを橋渡しする適当な断片の存在や新たに部分的な断片を創生し、次の断片に接続して連続反応系を伸ばすこともあったかもしれない。原始袋では、このようにしてある出発物質から中間の物質を次々に加えながら最終生産物質に至る代謝経路が構築されたと考えられる。これが他の出発物質にも拡大され、各種の物質の代謝経路のネットワークがつくられ、唯一のブドウ糖分子からすべての有機物質をつくることができる、新しい生理的機能をもつ代謝経路の原型を急速に拡大できたと考られる。

解糖系の原型の成立

単独な原始袋でも、適切な部分的な連続反応系がいくつか存在すれば、さらに反応経路を伸ばすことはできるが、その確率は低い。しかし、複数の原始袋が膜融合によって、それぞれ内蔵していた断片的な連続反応系が混合して相互に補完しあえば、新しい化学変化が誘発される可能性が増し、連続反応経路の鎖がさらに伸びる確率が高くなると考えられる。このように、次第に連続反応経路のネットワークが拡大してゆき、新しい機能的な物質代謝系が形成されたのではないだろうか。例えば、解糖系の場合、既存の解糖系には出発物質がブドウ糖で12ケの中間代謝物とそれらの物質間の化学反応を固有の酵素タンパクが橋渡しているが、この反応経路は複数の断片が連結されたもので、その中にADPからATPを生産できる反応をもつ断片が、連結された反応経路にカセットのように組み入れられ、エネルギー獲得の生理機能を持つ解糖系の原型が成立したのではないかと考えている。

先に述べた断片化思想の立場から考えると、解糖系の形成が、出発物質であるブドウ糖から逐次中間物質を合成してゆくのではなく、解糖系の数個の中間物質で構成された断片を単位として連結し、その単位にATP生産反応を取り入れ、生理機能をもたせながら試行錯誤の末、次第に12ケの中間代謝物をもつ現存の解糖系に収束されたのではないかと考えている。この解糖系が現在でも全代謝系の中心に位置しているのは、ブドウ糖が原始袋が取り込むことができる最初の物質であると同時に、効率的で合理的なエネルギー獲得系でもあり、エンジンのような役割を果たしているからである。このことから、すべての原始細胞に共有されたと考えている。

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