14.原始細胞での新規タンパク質の創生 

 

 新規タンパク質の創生

現在でも生物の進化の過程で、過去に全く存在しなかった新しい機能をもったタンパク質を創生することは、細胞にとって大きなイベントであることは間違いない。これまでに、細胞の新規タンパク質の創生には、一般に考えられている有力な説があるが、私はそれとは別の説もあるのではないかと思っているので、ここではそれについて述べたい。

細胞の新規タンパク質の創生について、従来から考えられている一般的な説とは、次のようなものである。

 従来の説

生物の固有の形質は、遺伝子を介して子孫に受け継がれてゆくが、その形質の変化は、その形質に関わる遺伝子の変異によって生成されたタンパク質の機能の変化によるものである。それは、タンパク質自身がアミノ酸配列や構造を変化できる仕組みになっておらず、唯一遺伝子の塩基の突然変異に任せられていると考えられているからである。例えば、酵素タンパクの低い基質特異性が著しく高くなったり、温度やpHなどの環境の変化に適応するために、その感受性を変えることがあるが、これには僅かな遺伝子の変異が起因している。ただし、この僅かなタンパク質の性質の変化では新規タンパク質の創生とは言わない。基本的に新規のタンパク質が創生されたと規定できるのは、創生されたタンパク質の機能がそれまでのものとは全く異なったものになったり、酵素タンパクが新しい基質特異性を獲得することであると考えられる。

一方、既存の細胞での、新規タンパク質の創生は次のようにおこるといわれている。ある特定の遺伝子が重複により、そのコピー数を増やし、その中で余った遺伝子の塩基が変異を繰り返すことにより、もとのタンパク質の機能と全く異なる新しい機能をもつタンパク質が創生されるという考え方である。例えば、リゾチーム遺伝子の重複で増えた遺伝子の一つが変異を繰り返し、機能分化をおこし、ラクトアルブミンという全く新しい機能をもつタンパク質が創生したことが、両者のアミノ酸配列の相同性と立体構造の類似性から推定できた。この関係は熱ショックタンパク質と眼の水晶体を構成するクリスタリンタンパクの間でも観察され、同様な例は多数にのぼるように思われた。現在では、これらの例をもって、新規タンパク質は遺伝子の重複とそれに伴う無作為に起きる突然変異によって創生されるとされ、これ以外には注意が払われてこなかったと思われる。はたして、新規タンパク質の創生のすべてを、偶然におきる変異に任せてよいのだろうか。私はタンパク質の情報がすべて遺伝子に管理されている現存の細胞では、遺伝子の適切な変異がおこらない限り、タンパク質の修復なり創生は、他の方法では考えられないとする固定観念を、多くの研究者がもってしまっているからではないかと思っている。

遺伝子が重複と変異によって、新規のタンパク質を創生するというシナリオは合目的であると考えられるが、私は生物進化にとって最も重要であるはずのタンパク質の創生と修復が、いわば他人任せの偶然的な遺伝子の変異だけに委ねられるという考え方に違和感を感じる。重複した遺伝子から変異によって新規のタンパク質をコードする遺伝子を創生するには、遺伝子の変異が数十個に及ぶこともあるのではないか。遺伝子が変異を受けて新しく生成されるタンパク質が種集団にとって有効であるかどうかを、その都度点検し、固定化しなければならず莫大な時間を要することになると考えられる。

 異なる説の可能性を探る

本来、生物は経済性があり、結果的には合理的で効率的な細胞運営をする方向に進化してきたはずである。タンパク質の分子進化が突然変異に原因があることも当然考えられるが、生物は生存のために、新規タンパク質の創生を迅速に確実に行わなければならない時がある。ナイロン副産物を分解する酵素タンパクの創生の例をあげてみよう。

ナイロンはごく最近、人為的につくられた合成繊維であり、これまで地球上で生息した生物が全く遭遇したことのない物質であったはずである。それにもかかわらず、ナイロンの製造工程中に生じたナイロン副産物の廃液を唯一の炭素源とする微生物が、短期間のうちに出現し、繁殖したという。このことは、この微生物が短期間にナイロン副産物を分解し、その分解物を炭素源として、またエネルギー源として細胞が取り込み、生存していたことになり、菌体がその分解酵素タンパクをコードする新規の遺伝子を、短期間に創生したことを意味する。

もし新しい遺伝子が、上述したような重複と突然変異のみで創生したとしたら、果たしてそれまでに菌体が生存できたであろうか。このようなナイロン副産物分解酵素をコードする遺伝子の創生が、生物が環境の変化に緊急に適応するのに、重複や突然変異だけで可能であったろうか。私は遺伝子の突然変異以外にも、新しい環境に適応するための意図性と目的性をもつ異なる方法があるのではないかと考える。

これには、先に述べた原始前生物環境に存在していたと考えられる“個別新規短鎖ペプチド複合体獲得装置”でつくられた、多様な短鎖ペプチド複合体の遺伝情報を細胞の遺伝子に収納するシステムにヒントがあると考えた。もっと想像を逞しくすると、上述した”個別新規RNA獲得装置“に類する装置が現存する細胞にも受け継がれ、新規タンパク質の創生に関係しているのではないかということである。この私の試案について、もう少しお付き合いいただきたい。

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