13.遺伝情報の伝達

始原袋から原始細胞の進化の過程で、原始前生物環境で蓄積された多様な短鎖ペプチド鎖複合体の遺伝情報を、厖大な遺伝情報量を新しく収納予定のDNAに伝達する作業が進められたと考えている。DNAにタンパク質の遺伝情報を単位として収納したものが遺伝子であるが、短鎖ペプチド複合体に会合している短鎖ペプチド構成体をペプチド結合して、一本の長い鎖に進化させたものを原始タンパク質とした。この原始タンパク質の情報をどのようにして、全く異なる物質であるDNA鎖に遺伝子という単位で収納することが可能になったのか、遺伝情報の伝達、その変換の過程について、私の考えを述べてみたい。

逆の発想

原始タンパク質の遺伝情報をDNAである遺伝子に収納する過程は、現存する生物細胞で行われている遺伝子から新生ポリペプチド鎖への情報の流れ、即ち遺伝子の塩基配列を伝令RNAに転写した後、その伝令RNA塩基配列の情報がリボソームでアミノ酸配列に変換され、新生ポリペプチド鎖が生成される流れとは全く逆である。その後、新生ポリペプチド鎖はアミノ酸配列の情報に従って立体構造が自律的に折り畳まれ、固有のタンパク質の構造と機能が出現する。原始前生物環境での遺伝子に収納されているタンパク質は、アミノ酸数が100個以上の莫大な情報量であり、一つの細胞が処理するタンパク質の種類も数千から数万個であることからでもわかるように、DNAが処理する情報量は桁違いに多い。天然タンパク質の遺伝情報の収納が、DNA塩基配列による情報収納能力で初めて可能になったといえる。短鎖ペプチド複合体の遺伝情報がDNA分子に完全に移譲したことは、「生命の誕生」に向かう大きなターニングポイントになったと考えている。

タンパク質の遺伝情報を遺伝子に収納する過程で、現存の遺伝子から転写された伝令RNAの情報がタンパク質に転換される場合、伝令RNAの連続した三ヌクレオチドが一つのアミノ酸を規定していることを知っている我々は、原始タンパク質の情報が直接遺伝子であるDNAに収納されるのではなく、一旦タンパク質のアミノ酸配列情報が遺伝暗号によって対応関係にあるRNAの塩基配列に流れるであろうことは、直ちに推定することができる。従って、タンパク性物質の遺伝情報が遺伝子に逆に流れる過程でも、数種類のRNAが関係することは、十分に考えてよいのではないだろうか。

原始タンパク質→RNA→DNAへの伝達

そこで、長い一本の原始タンパク質のアミノ酸配列の情報が、どのようにRNAからDNAの順に伝達され、さらに遺伝子として収納されたかを考えてみた。

先に、私は原始タンパク質は数百種類に限定された短鎖ペプチド構成体の集積体であるのではないかと述べた。まず最初に考えられることは、集積体としての原始タンパク質を形成するために、数個から十数個のアミノ酸の短鎖ペプチド構成体が集団として存在し、それぞれの構成体のアミノ酸配列情報が遺伝暗号を介して、短いRNA鎖の塩基配列に伝達され、短鎖ペプチド構成体の情報を持つRNA鎖の集団として蓄積される。創生したばかりの原始細胞で、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列情報をもった短鎖のRNA塩基配列集団のなかから、短鎖ペプチド複合体として会合していた短鎖ペプチド構成体を選び、それを会合順番に連結すると、連結された長いRNAは原始タンパク質の遺伝情報をコードすることができるのではないか。構成体が会合順番に連結する装置として、先に私が原始前生物環境で短鎖ペプチド複合体の形成に関係したと推定した”個別短鎖ペプチド複合体獲得装置(仮称)”の“獲得装置”が始原袋に取り込まれて、それを基盤にした”個別新規RNA獲得装置“というべき装置が創生されたのではないかと考えている。

個別新規RNA獲得装置の創生

この“個別新規RNA獲得装置”で、ペプチド構成体の情報をもつ短いRNA鎖が連結される順序が、個別短鎖ペプチド鎖複合体に会合する構成体の順序と同じであれば、構成体のアミノ酸配列情報を受け取った短鎖のRNAが、原始タンパク質に集積されている短鎖ペプチド構成体の順序に従って連結することは、元の個別短鎖ペプチド複合体の情報をもっている伝令RNAに相当する一本の長い新規RNA鎖が生成したことになると考えた。また、この“個別新規RNA獲得装置”で生成された原始タンパク質をコードする伝令RNA様物質は、逆転写酵素のような触媒性原始タンパクでDNAに逆転写されて、遺伝子単位として収納されたのではないかと考えている。このように、原始タンパク質の遺伝情報がRNA、ついでDNAへ伝達される過程で最大の作業は、アミノ酸とRNAとの間の情報交換に関係する遺伝暗号の成立と遺伝子の創生であったと考えられるが、この経緯は、池原健二の著書である『GADV仮説』に詳細に述べられており、それを参考にされたい。なお、上述した”個別新規RNA獲得装置“は、遺伝暗号を利用して一のアミノ酸が三文字RNAに逆変換できる仕組みも内蔵していたと考えられる。

この“個別新規RNA獲得装置”は、生命誕生の直前に創生された原始細胞でつくられたと考えられ、原始タンパク質のアミノ酸配列情報を遺伝子に収納するという、生命誕生の最大のエポックーメイキングを演出した。以上が、私が仮定した原始前生物環境で蓄積していた短鎖ペプチド鎖複合体が原型となった原始タンパク質の情報を、原始細胞が遺伝子として収納する道筋である。

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