15.細胞での新規タンパク質の創生はどのように行われたか

これまで、私は開放系の原始前生物環境で多様な新規の短鎖ペプチド複合体の創生について述べたが、現在の遺伝子管理体制下にある細胞もまた、新しい原始タンパク質が創生される機構で、この基本的な創生原理を受け継いでいると考えている。

繰り返すが、原始前生物環境での新しい短鎖ペプチド複合体は、厖大な創生経験則をもつ”個別短鎖ペプチド複合体獲得装置“で創生されたと考える。例えば、物質をつくる酵素タンパクの創生では、”獲得装置“で対象とする物質のかたちや化学的特性を認識し、過去に蓄積された経験則の諸反応を手掛かりに最も類似性の高い反応様式をもつ触媒性短鎖ペプチド複合体を選びだし、それを規範としながら、数百種類ある短鎖ペプチド鎖構成体の中から構造形成や機能獲得に関係するものを選び、その結合順番を試行錯誤の末に決めて、新規の触媒性短鎖ペプチド鎖複合体が創生することができると考える。この場合、原始前生物環境での新規の短鎖ペプチド複合体の創生は、遺伝子が遺伝情報を管理する現存の細胞よりも頻度が高く、容易だったと考えられる。原始前生物環境に存在していた”個別短鎖ペプチド複合体獲得装置“が、短鎖ペプチド構成体とともに、原始細胞に受け継がれたと考えているからである。

一方、上述したように原始細胞では、すべての短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列情報が短いRNAに変換され集団となっており、新規の原始タンパク質を創生する場合、その中から適切な短いRNA鎖が選ばれ、先に述べた”個別新規RNA獲得装置”で新規の原始タンパク質をコードする一本の長いRNA鎖の生成を考えた。この一本鎖のRNAは伝令RNAに相当し、その情報を逆転写して、DNA鎖に新しい原始タンパク質をコードする遺伝子として、収納することが可能なのではないかと考えた。

私は現存の細胞でも、原始前生物環境の短鎖ペプチド構成体の情報を受け取っている特定の短鎖RNA集団が、新規タンパク質の創生に関係していると考えている。現存する細胞内に、この短いRNAが存在する可能性として、タンパク質をコードしない非翻訳型RNAが知られており、これらの非翻訳型RNAの中に、短鎖ペプチド構成体の情報を受け取っているものが存在するかもしれないと考えている。この他にも、短い種類のRNAの存在の可能性として、短鎖ペプチド構成体の情報をもつ数百種類の短鎖RNAが、固有の高分子RNA前駆体として生成され、新規タンパク質が創生されるときにだけ、高分子RNA前駆体が短鎖RNAに分解されることも想定してみた。原始細胞の誕生と共に、ゲノム周辺に短鎖ペプチド構成体の情報をもつこれらの短鎖RNA集団や“個別新規RNA獲得装置”のようなものが常時存在しており、それが新しい原始タンパク質が創生されるときにだけ作動し、新規タンパク質をコードする遺伝子の創生に参画していると考えられなくはないだろうか。

また、これは新規タンパク質の創生から離れた、やや飛躍した考えではあるが、原始触媒性タンパク質の温度やpHに対する感受性の僅かな変化も、”個別新規RNA獲得装置“で短鎖RNAが交換することで成し遂げられる場合があったのではないかと考えている。遺伝子の情報管理体制下の細胞において、新規タンパク質の創生に関し、上述の短鎖ペプチド複合体の構築原理が基本的に踏襲されているとすれば、これまで考えられていた遺伝子の重複と変異による創生よりも、かなり短期間で創生が実現する可能性が十分にある。

しかし、一方で “個別新規RNA獲得装置”とは異なる機構も考えられる。原始前生物環境で使用していた“個別短鎖ペプチド鎖複合体獲得装置”が、細胞創生時に細胞内にそのまま包み込まれ、細胞内で直接新規短鎖ペプチド複合体を創生し、生成された短鎖ペプチド複合体の構成体を連結して、一本の長い原始タンパク質を生成したという考えである。原始前生物環境でつくられていた短鎖ペプチド鎖構成体が現存する細胞に存在し、それらが複合体の構築原理に基づいて新規短鎖ペプチド複合体を創生したか、または、その複合体に会合する構成体を連結して一本の長い原始タンパク質を生成し、やがて現存のタンパク質に進化した可能性も考えられる。

新規タンパク質の創生が遺伝子の重複と変異で決まるとき、最初からDNAの塩基配列の塩基がそのタンパク質の構造や機能を直接規定するような影響を与えるのであれば、新規タンパク質の創生の話も簡単になるのだが、タンパク質のアミノ酸配列の情報しかもたないDNAの塩基配列にそのような都合のよい能力があるはずもなく、タンパク質の構造や機能を直接決定する権限は、あくまでも生成されるタンパク質が決めるものなのであろう。そのため、ナイロン副産物の分解反応の獲得でも分かるように、生物が生存のための緊急避難的な対応を要する場合、意図性と目的性をもった対応の仕方もあるのではないか。繰り返しになるが、現在の細胞にも、新規タンパク質の創生には短鎖ペプチド複合体の構築原理が生きているというのが私の考えで、先に述べたナイロン副産物の分解酵素の創生などは、私の考え方に沿ったほうが、遺伝子の重複と変異による創生よりも短時間で実現するのではないかと考えている。

厖大な研究によって明らかにされているように、現在の生化学におけるタンパク質の生合成や品質管理などは、いずれも確かに重厚な機構で裏打ちされており、細胞がいかにタンパク質を重要な物質として取り扱ってきたかということに、驚嘆するばかりである。それは理解しつつも、私は新規タンパク質の創生が遺伝子の重複と変異だけで行われるとは、やはり考えられない思いがある。そして、タンパク質の創生機構を明らかにすることは、生命の起源を解き明かすことと連動して重要なことだと考えている。ここで示した新規タンパク質の創生論は、あくまでも私の試論であり、今後も再考が必要であることは言うまでもない。

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