22.分子進化の中立と遺伝子の創造性
「百創造ゼロ盗作」から「一創造百盗作」時代へ
原始前生物環境の開放系は、触媒性短鎖ペプチド鎖複合体が何の制限もなく自由に機能したと考えられ、創造性に富む「百創造ゼロ盗作」の百花繚乱の夢のような時代であり、これによって“原始スープ”を構成する物質の種類が増加していったと考えられる。生命誕生の直前には、短鎖ペプチド複合体は現存するタンパク質と構造的、また機能的に類似した原始タンパク質と呼べる段階までに分子進化し、その遺伝情報が遺伝子に伝達され、その後の生物時代の遺伝子管理下で、祖先タンパク質として再登場するのである。大野乾が指摘している「一創造百盗作」の時代は、生命誕生以後の細胞でのことである。外界との接触が制限された細胞中で、不活性な遺伝子によって徹底的に管理されたため創造性を失い、遺伝子が創るものは、かつての創造的な開放系の原始無生物環境の分子進化時代で創生された、情報を真似るだけの「百盗作」になり、生命誕生後は、祖先タンパク質の情報は完全に遺伝子管理体制下におかれ遺伝子の変異でしか創造性がおこらないという、限定された「一創造」になったというのである。しかし、遺伝子は創造性がないといっても、原始前生物環境で獲得した短鎖ペプチド鎖複合体の膨大な遺伝情報は、生物進化の経過で小出しにして生物の多様化を演出して現在に至っているのである。
必須アミノ酸残基と中立的アミノ酸残基の存在
先述したように、原始地球環境でのタンパク性物質の構造は、あまり環境変化に左右されないように設計され、このことがその後の生物進化で、僅かなアミノ酸残基の変異で生物多様性を演出したと考えている。これまでも述べたように、種間系統樹が極端に遠く離れている生物間では、その形態は著しく異なっているが、天然タンパク質の立体構造はほぼ維持されている。一方、変異するアミノ酸残基が著しく多くなるのは、構造や機能に影響しない中立的なアミノ酸残基である場合が圧倒的に多い。このことは、天然タンパク質の構造と機能に必須なアミノ酸残基の数はわずかであり、この必須なアミノ酸残基がアミノ酸配列に点在しており、それらのアミノ酸残基の間を埋めるアミノ酸は、中立的なものとして何でもよいのではないかということを示唆している。