5.始原袋の構造

 

 生命誕生における始原袋の役割

 最初の始原袋がどのような膜構造であったかは定かではないが、少なくとも、半透膜の膜構造によって外部との直接の接触が制限され、外界の情報を膜を介して受け入れるという独自のはたらきをもっていたと考えられる。この膜構造は、一旦“原始スープ”の多様な物質を不均一に取り込み、次第に生命誕生に必要なものだけを袋の中に閉じ込め、必要でないものを膜から排除するという選択機能をもつようになったと考えられる。重要な性質として、複数の袋が互いに接触すると、膜成分が一つに溶け合うように膜が融合され、それぞれの袋の異なる不均一な成分が混じり合うことにより袋内での化学反応がさらに多様化したのであろう。
 
 一方、その膜の成分が、アミノ酸を加熱重縮合した結果、直接生成されるミクロスクェアのような高分子のタンパク性物質だったのか、あるいはある種の脂質成分に短鎖ペプチドやその複合体、またはその複合体が進化した原始タンパク質が相互に関係をもちながら膜構造を構築したのか、またはそれらとは全く異なる構築方法があったかは、ほとんどわからない。最初の始原袋の膜構造はわからないが、ただ、次第に現生の細胞膜成分である基本構造としての脂質二重層の膜になり、その膜にタンパク質が埋め込まれ、物質の輸送や外界との情報の交換ができ、その他の複雑な機能をもっている生体膜に進化したことは間違いないと思われる。

 さらに、始原袋の中で生命が誕生するのに重要な条件として、上述した物質代謝や遺伝装置などの原型の創生とともに、タンパク質の集積体の形成による多様な細胞構造体などの組織化が必要であったと考えている。袋のような空間でタンパク質を高度に組織化できたことが、生命という自動制御組織体の誕生につながったのである。また一方で、原始前生物環境で生じた触媒性短鎖ペプチド複合体をはじめとするタンパク性物質の遺伝情報を取り込み、それを基盤とした始原袋は、これまでとは全く新しい遺伝装置の原型を創生した。私はこれらの物質代謝と遺伝装置とが車の両輪になって、その後の細胞の進化を支えたと考えている。以降のページでは、この始原袋が原始前生物環境でつくられた物質をいかに閉じ込め、さらにどのようにして独自の複雑な分子進化を遂げ、一気に高度に組織化することにより生命を誕生させたかを考えてみよう。

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