20.複合構成体の組織化と断片化思想

 本書ではこれまでに、「断片化思想」という言葉を何度か使ってきたが、ここで改めてその意味について述べることにする。
 

「断片化思想」の語源

 第1部で取り上げた断片化思想では、始原袋から原始細胞の進化の過程で、物質・エネルギー代謝系と遺伝装置の創生、および細胞小器官や顆粒などの細胞複合構造体の構築に、これが深く関わってきたことについて述べた。この断片化思想は私の造語で、これを思いついたのは、抗体遺伝子がイントロンによって細かく分断化され、その遺伝子断片の組み合わせで、抗体タンパクが多様化することを知った時からである。即ち、高分子物質を細かく断片化し、それを編集することにより、厖大な種類の抗体タンパクをつくることができるという理論である。このことから、タンパク質の原型である短鎖ペプチド複合体の形成においても、その短鎖ペプチド構成体を断片とみなすと、小さな断片の組み合わせで、多様な機能をもつ個別短鎖ペプチド複合体が生成する現象は、広義の意味で断片化思想の範疇に入るのではないかと考えたのである。
 

断片化思想の汎用性

 私は断片化思想が、始原袋から原始細胞に進化する過程で複雑な物質・エネルギー代謝や遺伝装置の創生に関係し、同時にタンパク質の集積構造体から細胞の小器官や顆粒などの形成に関わり、一気呵成に生命が組織化するときも影響したのではないかと考えた。

 私の考えでは、物質・エネルギー代謝系での断片は、主に開放系の原始前生物環境で意図性もなく無作為につくられた機能を持たない連続反応系を意味し、このいくつかが半透膜の狭い袋の中で相互に衝突を繰り返しながら、いろいろな様式で連結し、出発物質から最終生産物までの代謝ネットワークが構築されると、解糖系のように個々の反応は無秩序でなくなり、ブドウ糖がピルビン酸に代謝され機能的な代謝単位となる。このような過程を経て、これまでにない新規の物質の創生と新規の機能を持つことも、断片化思想の結果といってよいのではないだろうか。

 一方、私はこの断片化思想は、タンパク質の複雑な集積構造に関係していると考えている。原始前生物環境で一本の長い鎖に分子進化した短鎖ペプチド構成体が形成する三次構造をサブユニットとよぶが、このサブユニットを断片とみなすと、広義の意味での断片化思想が成立するのではないかと考えている。即ち、サブユニットの数、種類や結合様式で、多数の集積体が形成され、高度な機能をもつタンパク質の複合集積体が形成され、他の機能のないものは淘汰されるのである。そして、細胞内でタンパク質が自動的に制御されながら組織化が進行し、生命の誕生の方向に向かったのであると考えられる。

 なお、サブユニット構造の例としては、先にあげた分子シャペロンがある。HSP60は7個のサブユニットのリングが、二つ重なり14個の中空円筒のシリンダー状になり、ほかのタンパク質構の変性の修復やタンパク質の立体構造形成に関係する。その他にも、RNA合成酵素、DNA合成酵素、ATP合成酵素やプロテアソームのように、複雑な構造で高度の機能をもつ多くの複合集積体がある。

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