39.触媒性短鎖ペプチド複合体の認識部位のグループ単位という概念
上述したなかで、短鎖ペプチド構成体の個々のアミノ酸残基に対する触媒性短鎖ペプチド複合体の認識部位のアミノ酸残基構造は、転移RNAアダプターのアンチコドンに相当するという考えを述べたが、それをもう少し詳細に述べてみたい。
複数のアミノ酸の関与
私がコドンと考えた短鎖ペプチド構成体の個々のアミノ酸残基と結合する構成体認識部位の構造をみると、コドン1個のアミノ酸残基に対して、構成体認識部位のアミノ酸残基の関与は決して一つではなく、直接的または間接的に複数存在していると考えられた。それは、既存のタンパク質が結合対象ペプチドの個々のアミノ酸残基と結合する場合、結合部位のアミノ酸残基が複数関与している事実からでも推測できる。私は、このように対象ペプチド構成体の個々のアミノ酸残基と結合する複数のアミノ酸残基を、グループ単位として一まとめに扱った。即ち、核酸にはA-G, T-Cというように相補的な対合の塩基があるためDNAの自己複製などが可能であるが、この場合もアミノ酸残基―グループ単位の相補的関係が成立すると考えたのである。タンパク質ではアミノ酸同士に相補的に対合する特定のアミノ酸が存在しないため、現在はタンパク質の複製はありえないという固定観念ともなっている。
個々のアミノ酸残基に対合するグループ単位が複数のアミノ酸残基で組み立てられているとすれば、事情は違ってくる。もし、短鎖ペプチド構成体の一つのアミノ酸残基に対して、それを認識する3ないし4,5個のアミノ酸残基が関与しているとすれば、仮にアミノ酸は20種あるが、短鎖ペプチド構成体の一つのアミノ酸残基に対してこのような複数のアミノ酸残基で構成するグループ単位が規定していると考えればよいことになるのである。この考えは、一つのアミノ酸に対してコドンが三塩基であれば、20個のすべてのアミノ酸を網羅できることがヒントとなった。一つのアミノ酸残基に対して認識部位のアミノ酸残基が複数関与するグループ単位があれば、すべてのアミノ酸残基を充分に網羅できるし、一つのアミノ酸残基に対して複数のグループ単位の存在も可能になってくる。当然、その場合のグループ単位のアミノ酸残基の数も配置も一定ではなくバラつきがあると考えている。しかし、同一アミノ酸残基に対するグループ単位を構成する複数のアミノ酸残基は、ある程度の類似性と結合様式をもっていると考えられる。即ち、対象短鎖ペプチド構成体のアミノ酸残基に対して、類似の固有グループ単位が存在するという考え方である。当然、グループ単位の数は対象ペプチド鎖構成体のアミノ酸残基の数だけ存在し、アミノ酸配列順に並んでいる。
繰り返しになるが、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列を認識する触媒性短鎖ペプチド複合体のペプチド認識部位から、基質である短鎖ペプチド構成体が解離した後のアミノ酸残基の“窪み”はアミノ酸配列順に並んでいると考えられ、それぞれの”窪み“には固有のアミノ酸単体と結合するグループ単位が存在すると考えられる。固有のアミノ酸単体がこのグループ単位と特異的に結合する可能性がある場合と、ほとんど結合しない場合が考えられるが、このことに関しては先に述べた。このうち、ほとんど結合しない場合は、先に述べたタンパク性アダプターの概念を導入しなければならない。各種のアミノ酸単体に対する固有のグループ単位をもつアンチコドンの情報に従って、アミノアシルtRNAシンテターゼに相当する別の異なる触媒性複合体の作用により、アミノ酸単体を特異的に別の短鎖ペプチド複合体の特定の部位に結合させ、それを構成体のアミノ酸配列順に並べたものを、私は「鋳型的多短鎖ペプチド複合体」とした。
タンパク性アダプター仮説
このようなタンパク性アダプター分子の仮説によって、構成体のアミノ酸配列情報が、確実にアンチコドンに相当する構成体認識部位に伝達され、その情報に従って、アミノアシルtRNAシンテターゼ様短鎖ペプチド鎖複合体が、想定されるアミノ酸単体を別の短鎖ペプチド複合体の特定の部位に確実に結合することも可能となる。私は、この構成体ペプチド認識部位をもつ触媒性短鎖ペプチド複合体と、アミノ酸単体と結合する特定の部位を持つ別の短鎖ペプチド複合体のタンパク性アダプターを中心に、アミノアシルtRNAシンテターゼ様短鎖ペプチド複合体やぺプチジル基転移酵素様短鎖ペプチド複合体が次々と結合して巨大な短鎖ペプチド複合体の複合構造体になり、鋳型的多短鎖ペプチド複合体が形成されると考えた。
これは余談であるが、アンチコドンをもつ部位と3’-末端にアミノ酸が結合する部位の二つの全く異なる機能をもつ独特のL字形構造をもつ転移RNA分子は、その分子進化において、創生時には二つの機能をもつRNAがそれぞれ別につくられ、それらが、やがて効率的に機能を果たすために合体したという仮説がある。私のタンパク性アダプター仮説も、それをヒントにしたもので、予め短鎖ペプチド構成体を認識するアンチコドンに相当する部位をもつ触媒性短鎖ペプチド複合体が、一方のアミノ酸単体と特異的に結合する特定の部位をもつ別の新規短鎖ペプチド複合体がそれぞれ独立して創生され、それらが合体し、アダプターを形成し、さらにアンチコドンの情報に従って、両者の橋渡しをするアミノアシルtRNAシンテターゼに相当する触媒性短鎖ペプチド複合体を加え、モジュールに相当する複合構造体の創生を考えたのである。
以上が、原始前生物環境で遺伝子が存在しない条件下で、相当するアミノ酸単体がアミノ酸認識部位に全く結合しなくとも、タンパク性アダプターの概念を取り入れると、アミノ酸単体が短鎖ペプチド複合体の構成体認識部位のアンチコドンであるグループ単位の情報に従って、確実にそれとは異なる用意された短鎖ペプチド複合体と結合するという仮説である。それぞれアミノ酸単体と結合した短鎖ペプチド複合体が、構成体のアミノ酸配列順に並んで鋳型的多短鎖ペプチド複合体を形成し、次にこの構成体のアミノ酸配列順に並んだアミノ酸単体をペプチジル基転移酵素様触媒性複合体が連結し、短鎖ペプチド構成体を複製するものと考えられる。それが分子進化をとげると、さらに並んだアミノ酸単体がATPとの反応でアミノアシルAMPが生成され、確実に固定化されると考えられる。それらによって連結され、短鎖ペプチド構成体が複製されるのである。このことは、この複製がリボソームが介在する系と基本的に共通しており、アダプターの概念そのものが遥か後のリボソーム介在タンパク質生合成系の原型となったのではないかと考えている。
以上のようにみてみると、現存するNRPs系とリボソーム介在タンパク質ペプチド合成系では著しく共通性があり、両者の機構に関係する種々のタンパク質のアミノ酸配列の相同性、および構造が類似しているという研究結果も報告されている。この事実から、短鎖ペプチド複合体のペプチド複製系とリボソーム介在タンパク質生合成系の二つの複製系は同じ起源をもち、NRPs系はリボソーム介在タンパク質生合成系の原型であることが推定され、原始前生物環境ではNRPs系で短いペプチドが複製され、それが遺伝子が出現することによって現在のタンパク質生合成系に分子進化したものと考えられる。
以上が、私が考えついた高分子核酸のない原始前生物環境で、タンパク質の原型と考えている短鎖ペプチド構成体の複製機構である。この構成体が一旦複製されると、他の構成体と会合して短鎖ペプチド鎖複合体を形成し、それが次第に自律的に巨大化しいく過程で多様な機能を獲得し、タンパク質の生合成系の起源となったと推定している。これまで、タンパク質の複製は遺伝子が介在しない限り、不可能であるという考え方が支配的であった。ましてや、タンパク性物質の機能のみで、別の異なるタンパク性物質の複製などは全く考えられず、生命の起源の研究でも遺伝子の存在を前提にいろんな仮説が提唱されてきた。私のタンパク質起源説を俎上に載せて、新たな生命の起源を再検討することも必要ではないかと考えている。以上のことから、私の唱える生命の起源は、徹頭徹尾「タンパク質ワールド」であると考えている。