40.コドンを持たないアミノ酸の意義と二つの系の共通点

 コドンを持たないアミノ酸

なお、現在でも依然として細菌がNRPs系で特殊なペプチド性抗生物質を複製しているのは、D-アミノ酸やオルニチンのようなコドンをもたないアミノ酸が含まれており、リボソーム介在系が使用できないからであると考えられる。このことからも、原始前生物環境で、最初はD-アミノ酸やL-オルニチンのようなアミノ酸類やその他の成分をペプチドに取り込むことが可能なNRPs系が創生され、はるか後の遺伝子が出現してから、できる限りコドンのあるアミノ酸と交換して、このNRPs系をリボソーム介在系に転換させたことも考えられる。さらに、原始前生物環境では多様なアミノ酸類や有機物が自然生成され、それらが無作為に短鎖ペプチド形成に取り込まれていたと考えられ、現在でもコドンをもたないアミノ酸やその他の有機物質を取り込むことができるのは、それらの物質が構造的または生理的に重要で、かつコドンをもつアミノ酸によって代用できないため、これらのペプチド性抗生物質は原始前生物環境の初期から存在したものと考えられる。タンパク質が20種類のアミノ酸に収束され、コドンが創生されるようになると、この20種のアミノ酸でペプチドやタンパク質の構造と機能をすべて網羅できるように分子進化したのではないか。

一方、アミノ酸配列がコドンをもつアミノ酸ですべてが占められている短鎖のペプチド性ホルモンが、動物および植物に多数存在していることが報告されている。その生産はすべてリボソーム経由で行われている。この場合、一旦分子量の大きな前駆体ポリペプチドが合成され、その後プロテアーゼによって低分子量のペプチド性ホルモン部分に切り離されるようになったのである。このようにアミノ酸数が少ないペプチド性ホルモンの合成といえども、コドンをもつアミノ酸ですべて構成されていさえすれば、どんなに無駄で効率が悪くても、リボソームを経由するタンパク質合成系に従属させようとする強力な意思が働いていると思われる。

 二つの系の共通点

この二つの系では共通した部分がある。それは、広義の意味での鋳型の概念で、ペプチド伸長反応が行われている点である。即ち、NRPs系では鋳型的多酵素複合体で短鎖のペプチドが、リボソーム介在系では伝令RNAの鋳型的情報に従って新生ポリペプチドが、それぞれ生成されている。このような類似性から判断すると、NRPs系は現在のリボソームが関係するタンパク質生合成系の原型であると考えられる。生命誕生の前後のタンパク質生合成がリボソーム経由の系で行われているが、それは原始前生物環境のNRPs系の鋳型原理をそっくり踏襲したものではないか。その踏襲が完了すると、NRPs系はほとんどが排除されたものと考えている。

ただし、NRPs系とリボソーム介在系とで最も異なっているのは、前者のペプチド伸長反応がタンパク性物質の触媒反応でおこなわれるのに対し、リボソーム介在系ではrRNA(リボザイム)によって進行しているといわれる点である。このようにペプチジル基伸長反応がリボザイムになぜ変換したかは、大野乾が指摘した生物細胞が禁断の酵素、即ちアミノ酸からタンパク質を合成する、シンターゼの存在を徹底的に排除した結果であると考えている。それは、先に出現したペプチド合成に関わるタンパク性触媒を徹底的に排除するあまりに、新生ペプチジル基伸長の根幹であるタンパク性シンターゼでさえ活性の低いリボザイムに変換してしまったほどの、徹底ぶりだったのである。大野の「いわゆるアミノ酸から直接ポリペプチド鎖を合成するシンテターゼを創らせてはならない」という鉄則に従った結果であったが、タンパク性のものと比べて活性が低く、調節機構も不完全なリボザイムのみに任せたのではなく、それを補完するために多くのタンパク質が関係したと思われる。そのため、翻訳の場であるリボソームが巨大なタンパク質サブユニット・RNA複合体を形成するようになったのかもしれない。

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