32.短鎖ペプチド複合体形成について振り返る
原始前生物環境の初期の頃は、このような「疑似複製」やそれに類するものに依存すればよかったが、次第に短鎖ペプチド複合体の構造・機能分化による多様化が進み、固有の複合体を模してつくらなければならないという、複製の必要性が生じたことも考えられる。私は、原始前生物環境の短鎖ペプチド複合体は二段階で形成されたと考えている。
第一段階
第一段階は、短鎖ペプチドの原始前生物環境での自然生成である。現在の研究では、最初の自然界における生成は、原始地球の海底熱水孔でアミノ酸が複合的な自然条件下で熱重合して生じたとの説が有力である。この場合、自然条件下で生成した短鎖ぺプチドの中には複合体を形成できないものがほとんどで、形成可能なものはごく一部にすぎなかったと考えられる。ただし、形成可能な短鎖ペプチドがわずかな確率にすぎなくとも、自然生成される短鎖ペプチドの種類や量が莫大であることを考えると、短鎖ペプチド複合体構造の形成には充分であっただろう。
第二段階
第二段階は、自然生成した第一段階の短鎖ペプチドの徹底した選抜である。上述したように、短鎖ペプチドで形成される複合体は何よりも構造が優先される。それは、短鎖ペプチドがどのような種類で、どのような配置で会合すると、どのような構造の短鎖ペプチド複合体が形成されるかの経験則が蓄積されていたからと考えられる。例えば、同じ複合体構造であっても、使用された短鎖ペプチドがすべて同じアミノ酸配列であったとは限らず、全く異なっている場合も多くあったに違いない。これと似た例を、既存のタンパク質構造にみることができる。既存のタンパク質構造では、α-helixやβ-sheetの二次構造を構成するアミノ酸残基に特徴的な使用頻度の傾向はあまりなく、どのようなアミノ酸でも若干の差があるにしても形成が可能である。このことから、短鎖ペプチド複合体の構造形成における各種アミノ酸の使用は、非常に柔軟におこなわれていたと思われる。また、現存の同一機能をもつドメインでは、生物種間のアミノ酸配列の相同性が10%以下でも類似した構造を示す場合もある。これは、同じ構造のドメインのアミノ酸配列の中で構造形成に必須なアミノ酸残基が全体の数パーセントの相同性であっても、他のほとんどのアミノ酸が異なっていても構わないということになる。このことから、短鎖ペプチド複合体の構造形成には短鎖ペプチドのアミノ酸配列はあまり重視されておらず、異なる短鎖ペプチドでも、如何に同じ構造を構築するかが重大であったと考えるべきであろう。
短鎖ペプチド構成体とは
同時にそれは、同じ短鎖ペプチド複合体の局部構造の形成において、利用する短鎖ペプチドが全く異なっていてもかまわないことを意味する。逆に、同じ短鎖ペプチドであっても異なる局部構造に使用されることも可能であり、このことは、同じ短鎖ペプチドが異なる局部構造形成の代用品にもなると考えられる。また、少数の短鎖ペプチドであっても多くの部局構造に使用されうる可能性もはらんでおり、その結果、経験的に構造形成可能なペプチドであっても類似したものは厳しく選別され、ごく限られた数百種類の短鎖ペプチドに収束されていったと考えられる。私は、この固有の立体構造を構築できる最低限度の種類を「短鎖ペプチド構成体」と命名した。