36.鋳型的多短鎖ペプチド複合体系の創生


 触媒性短鎖ペプチド複合体の存在

原始前生物環境で、鋳型的多短鎖ペプチド複合体系を創生するための最初の課題は、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列にあるアミノ酸残基を認識する物質の存在を確認することである。その認識した物質の結合部位に同じ側鎖をもつアミノ酸単体が並べば、原理的には鋳型的多短鎖ペプチド複合体系が成立することになる。そのため、最初に考えるべきことは、短鎖ペプチド構成体と結合して、そのアミノ酸配列を認識する物質の検討である。その候補としてすぐに考えつくのが、触媒性短鎖ペプチド複合体である。

触媒性短鎖ペプチド複合体の構成体の認識部位は、構成体のアミノ酸配列順をコピーしており、そのアミノ酸残基に相当する位置にアミノ酸単体が如何に結合するかを検討すればよいことになる。現在、短いペプチド鎖のアミノ酸配列を特異的にコピーできるものとして、ペプチドのアミノ酸配列を容易に認識できる触媒性タンパク質が多数見いだされている。その例として、抗原タンパク質の分解物であるアミノ酸数9~10個のペプチド鎖を特異的に認識する主要組織適合抗原MHC分子や、結合対象のタンパク質のリン酸化チロシンを含む短いペプチド部分に特異的に結合するSrc相同性-2(SH2)ドメインなどがあり、そのペプチド認識部位は当然ペプチド部分のアミノ酸配列順に並んでおり、それぞれのアミノ酸残基の側鎖のかたちにぴったり合うような溝が形成されていることが報告されている。その他にも、広義の意味で短鎖のペプチドホルモンなどを認識するタンパク質や、抗原タンパクのペプチド鎖と同じ長さのごく狭い部位を認識する抗体タンパク、基質タンパク質の短鎖ペプチドと同じ長さの狭い部位と結合して触媒作用をするタンパク質分解酵素の活性部位のはたらきなど、実例は多く存在する。

私は以上の事実から、原始前生物環境でも短鎖ペプチド構成体を特異的に認識する触媒性短鎖ペプチド複合体が存在していた可能性は充分あったと考えている。そのペプチド認識部位は原始的なかたちで、構成体ペプチドの各アミノ酸残基の側鎖と直接的または間接的にぴったり合い、それがアミノ酸配列順に配置されていたと考えている。SH2の例で述べたように、ペプチド鎖認識部位は対象タンパクのチロシンを含むペプチド部分がぴったりと入る”溝“のようなかたち(構造)になっている。このペプチド認識部位から構成体ペプチド部分が遊離した後の”空になった溝”が重要で、それが多酵素複合体系鋳型の原型となったと考えている。

"空の溝“がどのようにして短鎖ペプチド構成体の複製の鋳型になるのかを、NRPs系の多酵素複合体系鋳型をヒントにして、その可能性を考えてみた。以後、この”空の溝“を「鋳型的多短鎖ペプチド複合体」と呼ぶことにする。

私が短鎖ペプチド構成体の複製で最初に考えたことは、上述したような複製対象の短鎖ペプチドのアミノ酸配列を認識する触媒性短鎖ペプチド複合体の存在である。この触媒性短鎖ペプチド複合体が複製対象のペプチドを認識すると、その認識部位にペプチドのアミノ酸残基が配列順に並んで存在する。認識部位から結合していたペプチド構成体が遊離したとすると、その後の認識部位は構成体のアミノ酸配列順に並んだアミノ酸残基がつくった窪みとなってのこる。それが鋳型になるためには、複製対象ペプチドが遊離して、その後のアミノ酸残基が空になった窪みに、その残基と同じ側鎖のアミノ酸単体が結合すればよいと考えたのである。

さらにその場合、触媒性短鎖ペプチド複合体一個の認識部位には、一個のアミノ酸単体しか結合できないとする原則があると仮定した。従って、アミノ酸単体と結合する触媒性短鎖ペプチド複合体の数は、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸残基の数だけあることになり、それらが構成体のアミノ酸配列順と同じように連結すれば、鋳型的多短鎖ペプチド複合体系が成立するのである。これがこの触媒性多短鎖ペプチド複合体を「鋳型的多短鎖ペプチド複合体系(仮説)」と呼んだ所以である。これによると理論上では、アミノ酸単体がペプチド構成体のアミノ酸配列順に並んでいる鋳型的多短鎖ペプチド複合体系から、結合したそれぞれのアミノ酸単体だけを連結した場合、自動的にペプチドの複製が成立することになる。ペプチドのアミノ酸配列を認識したり、結合したアミノ酸単体を連結させる物質は、原始前生物環境では触媒性短鎖ペプチド複合体しか考えられない。このことについては、これまで述べてきたとおりである。

触媒性短鎖ペプチド複合体がペプチド構成体を認識し、さらにその認識部位からペプチド構成体が解離した後のアミノ酸残基の側鎖の窪みに、それまで結合していたアミノ酸残基と同じアミノ酸単体が結合するかどうかは、複製にとって重大である。私の考えでは、認識していたペプチド構成体の各アミノ酸残基が遊離した後の窪みの認識部位に、それまで認識していたアミノ酸残基と同じ側鎖をもつアミノ酸単体が予想した通り自動的に結合すれば、鋳型の形成は容易である。しかし、アミノ酸認識部位の基質であった短鎖ペプチド構成体のアミノ酸残基と、側鎖が共通するがペプチド結合をもたないアミノ酸単体との結合の場合、親和力や特異性が著しく低下することが十分に予測され、条件によってはほとんど結合しないこともありうることが想定できる。このように、僅かでも結合するのとほとんど結合しないのでは、鋳型的多短鎖ペプチド複合体系の形成にとって著しい違いが生じると考えられる。

まず、短鎖ペプチド複合体の認識部位に、同じ側鎖をもつアミノ酸単体が他のアミノ酸単体と異なり僅かでも特異的に結合する場合を考えてみよう。その場合は簡単である。触媒性短鎖ペプチド複合体の認識部位の窪みに結合するアミノ酸単体が、はじめは極めて低いものであっても絶えず衝突を繰り返すことにより、相補的にぴったり合うようになり、結合特異性が高くなることが予想される。この場合は、触媒性短鎖ペプチド複合体のペプチド認識部位の窪みに、結合が予測されるアミノ酸単体が一個づつN-末端から触媒性短鎖ペプチド複合体に結合されることになる。従って、一個のアミノ酸単体と結合した触媒性短鎖ペプチド複合体が、短鎖ペプチド構成体のアミノ酸残基の数だけ繋がり、そのアミノ酸配列順番が鋳型になる。その後、鋳型の順に結合したアミノ酸単体が、次々と原始的なぺプチジル基転移酵素活性をもつ触媒性短鎖ペプチド鎖複合体によって連結し、複製することが考えられる。ぺプチヂル基転移酵素は、NRPs系のCドメインの縮合結合反応に相当するもので、その原型は原始前生物環境で無作為で生成されていたものと考えられる。

一方、触媒性短鎖ペプチド複合体のペプチド認識部位の窪みに、それぞれのアミノ酸残基と同じ側鎖をもつアミノ酸単体が、ほとんど結合しないか、わずかに結合したとしても、他のアミノ酸単体との識別が困難な場合を考えてみる。複製したペプチドのアミノ酸配列は不正確となリ、複製体とはいえない場合も考えられる。そこで、結合が予測されたアミノ酸単体との結合が不安定である場合は、その結合が確実に固定化するように進化したと考えた。具体的には、鋳型的短鎖ペプチド鎖複合体の構成体認識部位に、それぞれ結合が想定される一個のアミノ酸単体が他のアミノ酸よりも高い確率で確実に固定するように、NRPsのような機構の進化が考えられる。即ち、A-ドメイン様短鎖ペプチド複合体を創生して、結合が想定されるアミノ酸単体をアデニル化し、アミノアシルAMPを合成し、それを4-ホスホパントテテイン酸を含有するPCP-ドメイン様短鎖ペプチド複合体とチオエステルで確実に結合させるような機構が創生されたのではないかと考えられる。

A-ドメインとPCP-ドメインの機能をもつそれぞれの短鎖ペプチド複合体の会合体に、更にペプチジル基転移活性をもつC-ドメインに相当する触媒性複合体が加われば、NRPs系の開始モジュールや伸長モジュールに相当する、基本的な鋳型的多短鎖ペプチド複合体系構造が形成されることになる。

以上が、私の描いた短鎖ペプチド構成体の複製仮説のシナリオである。しかしこの仮説は、複製対象の短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列を認識する鋳型的短鎖ペプチド複合体が、その認識部位でアミノ酸残基の代わりに残基の側鎖が同じアミノ酸単体とわずかでも特異的に結合するという前提で議論を進めたものである。もし、そのアミノ酸と全く結合しないか、結合特異性が他のアミノ酸を識別できないほどに低いものだとしたら、上述した仮説は根本的に破たんすることになる。そこで、次のことを考えた。

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