35.原始前生物環境での短鎖ペプチド構成体の複製条件
遺伝子が存在しない原始前生物環境下での複製
しかし、ここで重大な疑問が生じる。現存のNRPs系を構成する一連のタンパク質は、遺伝子の情報に基づいてつくられていることである。即ち、鋳型的多酵素複合体系にある開始もしくは伸長モジュールなどに鋳型として結合するアミノ酸単体は、遺伝子の情報に基づいて、複製対象のペプチド性抗生物質などのアミノ酸配列順になるように結合する。NRPs系を構成する全てのタンパク質は完全に遺伝子の情報管理下に置かれている事実に、ここで改めて気がつくのである。私が考えている複製とは、遺伝子が全く関与しないで、タンパク性物質の機能のみで短鎖ペプチド構成体をつくることであった。にもかかわらず、NRPs系鋳型機構に関与するほとんどのタンパク質が遺伝子の情報管理下でしか合成できないとすれば、高分子核酸が存在しない原始前生物環境で短鎖ペプチド構成体を短鎖ペプチド複合体のみで複製するという、私の目的は基本的に破たんすることになる。
そこで、この基本的な課題に立ち返って、遺伝子が存在しない原始無生物環境で鋳型的多酵素複合体様物質の創生の可能性を考え直さなければならない。繰り返しになるが、現存のNRPs系で鋳型的多酵素複合体と結合するアミノ酸の配列は、当然遺伝子の情報に従って配置されたものである。最初のアミノ酸単体がペプチジル基転移酵素によって次のアミノ酸単体に連結された新生ペプチドが、次のアミノ酸単体に転移しながら、ペプチドの鎖を伸ばして複製されていくのである。ただし、最も基本になるペプチド伸長反応は、NRPsでは触媒性タンパクのみが関係し、一方、現存のタンパク質生合成におけるリボソーム介在系ではRNA/リボザイムであるといわれており、NRPs系ではまったく核酸が関与していない触媒的タンパク性物質であることが大きな違いである。
もしこの複製系で短鎖ペプチド構成体が生成されたとすれば、その後構成体は「固有短鎖ペプチド複合体獲得装置(仮称)」の情報に従って、会合して自動的に巨大化し、ついには短鎖ペプチド複合体が形成され、完全に複製体になる。とすれば、短鎖ペプチド構成体が複製しさえすれば、短鎖ペプチド複合体が自動的に複製されることになる。短鎖ペプチド構成体のアミノ酸配列順に従ってアミノ酸単体が並んでいる鋳型的多短鎖ペプチド複合体系を、核酸が関係しない条件下でいかに創生するかが、短鎖ペプチド複合体の複製のカギになると考えられる。