29.タンパク性物質(短鎖ペプチド構成体)の複製を考える
タンパク質の分子進化の痕跡
ここからはいよいよ、短鎖ペプチド構成体の複製について述べてみたい。誰でもが考えているように、生命という自動制御組織体を支えている物質は基本的に稀有な性質をもち、まだ底知れない謎を秘めている。私はその物質が、多様なタンパク質であると確信し、その起源を探求することが生命の誕生を知る最も有力な手がかりになると考えている。
多くの研究者の中には、原始前生物環境でタンパク質の起源に関係した物質が化石のように保存されていなくても、現存するタンパク質の構造の中に、原始前生物環境からこれまでの長い分子進化の変遷の痕跡が必ず存在すると信じる人がいる。さらに、タンパク質の基本的な構築原理がタンパク質の分子進化過程に保存されていると推定し、それらの痕跡を丹念に拾い集め、それらを組み立てている人がいる。私もこの原理で、原始前生物環境下のタンパク質の起源をある程度明らかにできるのではないかと考えている。あるいはタンパク質構造の痕跡からばかりではなく、現在自然界に稀に存在する特殊なペプチドの複製機構からでも、遥か遠い原始前生物環境で営まれていた原始的なペプチド性物質の複製を垣間見ることが可能ではないかと考えている。
ペプチド複製の可能性
現在の研究では、タンパク質はDNA分子のように自己複製はできないという考えが定着しており、誰もがその考え方を改めないようである。しかし私は、ほぼすべての生命活動の根源となり、上述したような不可思議な謎を秘めている多様なタンパク質が折り畳みのような複製能力をもっていることなどを考えると、迅速で完璧なDNAの自己複製とはいかないまでも、効率が悪いが独自の異なる機構でペプチド複製ができる可能性はあるはずだと考えている。そして、現在のDNAの自己複製は、ペプチドとタンパク質の複製のすべての面を利用したほうが遥かに迅速で効率的なため、以前はタンパク性物質がおこなっていたペプチド複製機構を放棄してしまっただけのことであると考えている。DNA分子が存在していなかった原始前生物環境では、私がタンパク質の原型と考える短鎖ペプチド複合体に独自の複製機構があり、その原理が生命誕生の前後にDNA分子に受け継がれたのではなかろうか。
私がタンパク性物質のみによるペプチドの複製で注目したのは、短鎖のペプチド生合成でリボソームが介在しない、鋳型的多複合酵素系によるペプチド合成機構(NRPs)の存在である。詳しくは改めて後述するが、現在はほとんどのペプチドの生合成がリボソームを介在する機構で厳重な情報管理体制下でおこなわれている。しかし、僅かな微生物で例外的に遺伝暗号を持たないアミノ酸を含む特殊なペプチドが、リボソームが介在しない鋳型的多複合酵素系で複製されていることが見出されている。私はこの鋳型的多複合酵素系の存在を知るに及び、その原型が、リボソームを介在する現在のタンパク質発現系以前の原始前生物環境で、短鎖ペプチド構成体の複製に関係していたのではないかと考えるようになった。