26.セクターの概念と閂のような基質特異性との関係

 基質特異性

あるタンパク質が酵素であるか抗体であるか、または認識タンパク質であるかを決めるには、例えば酵素でいえば基質特異性を決定すればよい。もしこの基質特異性が崩壊してしまうと、その酵素の存在意義が全く失われ、それを失った酵素の遺伝子は変質して転写されなくなったり、機能をもつ産物をコードしない偽遺伝子となってしまう。言うならば、タンパク質に基質特異性という特殊な閂がかかると、酵素のアイデンティティーが決定されるのである。

私は、個々のタンパク質に独自の特殊な力の閂をかけると機能が決まり、アイデンティティーが決定されると考えている。それは、酵素タンパクのような基質特異性の変換が常温性の酵素タンパクを、僅か数個のアミノ酸残基の変異で耐熱性に変換させるのとは、わけが違うほど難しいことである。酵素タンパクの活性部位やアロステリック部位など、その酵素にとってそれが欠損すると致命的になる機能をもつ部位は他の部分とは異なり、何か特殊なもので特別に保護されているのではないかと考えていた。そういう時に、セクター(sector)という概念があることを知ったのである(文献8)。このセクターの概念をヒントに、基質特異性の閂について考えてみたい。

 セクターの概念

酵素タンパクでは活性部位、認識タンパクではリガンド結合部位、抗体タンパクでは抗原結合部位などの独自の機能部位があり、その部位には高度に保存されたアミノ酸残基が化学結合の二次構造などで連絡されているほかに、それらのアミノ酸残基間を物理的エネルギーが横断的に広がって相互に伝達し合って、表面構造を構成している部分があるという。従って、機能に必須な保存されたアミノ酸残基の二次構造などの化学結合以外に、情報交換としての物理的エネルギー的要因が重層し合い、緊密な関係がはかられていると考えられる。基質特異性のほかにも、例えば触媒性短鎖ペプチド鎖複合体が、その活性化や阻害に影響を与える物質と結合する短鎖ペプチド鎖複合体を取り込むことにより、複合体の代謝調節機構を調節するアロステリック効果に進化させたと考えている。酵素タンパクのアロステリック効果はアロステリック部位と活性部位が離れて存在しているが、アロステリック部位セクターと活性部位セクターとの間には情報を連絡するセクターの物理的エネルギーのネットワークが存在し、この二重の要因で厳重に保護され、構造的に著しく安定した状態にある。基質特異性はそういう最も安定したセクター領域内で機能しており、構造的に堅い芯のような閂の状態になっていると考えられる。このように他の適切な短鎖ペプチド鎖複合体との会合は、構造的にも機能的にも質的変化をもたらしたであろう。当然ながら、いろいろな高度の機能が獲得されるたびに、機能部位の高度に保存されたアミノ酸残基をつなぐ化学構造に加え、物理的なネットワークで厳しく保護しているセクターがあることはいうまでもない。

原始前生物環境で、このセクターは短鎖ペプチド複合体の機能獲得過程で創生されたものと考えている。それは、物質と結合した短鎖ペプチド構成体やその複合体の結合部位の親和力がまだ弱い初期段階で、その化学構造を包み込む物理的エネルギーのセクター的要素も非常に弱いものであったと考えられる。それが次第に結合力が増し特異性が高くなるに従い、関与する化学構造のアミノ酸残基が次第に保存され、最終的にそれが不変化するようになると、化学構造とは別に保存されたアミノ酸残基間の物理的エネルギーの要素が加わり、その構造領域を強固に包み込むネットワークの力が大きくなり、その機能のアイデンティティーが増すものと思われる。それをセクターとして分子進化したものと考えられ、このセクターという特殊な領域を核にして、その周りに別の多くの短鎖ペプチド鎖構成体を結合させ、セクターの構造と機能の安定化と保存を徹底させたのではないだろうか。

短鎖ペプチド鎖複合体構造の表面にある基質特異性のような重要な機能部位が、化学結合と物理的結合の二重の要因で、厳しく拘束され不変化されて閂がかけられたと考えられる。即ち、既存のタンパク質構造で基質特異性に関係するセクターに支障が起これば、酵素タンパク全体が崩壊し、遺伝子は大打撃を受け偽遺伝子となってしまうことになる。

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