6.短鎖ペプチド鎖の構造
原始地球を一変させ、奇跡的に生命を誕生させる原動力となったと考えられる短鎖ペプチドが「動」であるという根拠を、その分子構造から説明したい。
最初に、短鎖ペプチドの結合様式であるペプチド結合について少し述べておく。ペプチド結合は、アミノ酸のカルボキシル基と次のアミノ基が脱水縮合して生じたアミド共有結合という部分的に二重結合性を帯び、平面構造という独特の結合様式である。この平面構造は比較的堅い構造をもつが、ある程度のしなやかさももっており、ペプチド構造単位として働き、平面構造には各残基、Cαを挟んで二つの回転Ψとψが存在する。この両回転の自由度には、平面構造と側鎖構造を含めて立体的障害をおこしてはならないという制限がある。この条件下で平面構造が自律的にらせん状やシート状の立体構造を構築できるようになり、それが直鎖構造と相まってα-ヘリクッス,α-ヘリクッスやコイル構造のような二次構造を形成する要因となっている。また、ペプチド結合はタンパク質の主要骨格構造も形成している。ペプチドの直鎖が短い場合、先ほど述べたように平面構造の回転の自由度がある程度緩和されるので構造が固定されず、一本の直鎖が遷移状態で数種の構造をとる場合が多い。中にはターン(turn)構造のように短くとも固定した構造もあるが、これは極めて例外である。
着目すべき「短鎖ペプチドの遷移状態の構造」
上述したように、私が短鎖ペプチドが生命誕生の最も重要な物質である根拠とするのは、短鎖ペプチドが固定した構造をとらず、揺るぎのある数種類の遷移状態の構造になっていることが重要と考えるからである。その前提として、アミノ酸数が10数個以下のペプチドでは水溶液中で固定した構造をとれず、いくつかの異なる不規則な遷移した構造になって存在するという。例えば、同じアミノ酸からなるジペプチド鎖が溶液中では多様な遷移状態になっていることが示されている (参考文献:Science, 283, 831-833 (1999))。また、更にそれよりも長いペプチドでも同じ傾向を示すことが実証されている。即ち、アミノ酸配列がLys-Gln-Cys-Arg-Glu-Arg-Alaのペプチド鎖が種々の二次構造体、α-ヘリクッス, 310-ヘリクッス, β-ターン, α-ヘアピーンと不規則構造など遷移状態で、不定形な構造を形成する可能性が示されているのである(参考文献:J.Mol.Biol.,296, 197-216 (2000))。
このような構造体が存在することがどういう意義を持つかを考えてみた。
その前に、自然生成された短鎖ペプチド鎖の種類について考えてみよう。原始前生物環境で生成されたアミノ酸がどのくらいの種類存在していたかは定かでないが、アミノ酸が10種類以上存在したと想定すると、ペプチド鎖のアミノ酸残基数が10数個以下であれば、且つ鎖の長さが様々だとすると、自然環境下で生成した短鎖ペプチドは、当然アミノ酸がランダムに重合しているので、アミノ酸配列の種類は理論的には多数にのぼると推測される。その上、一個の同じ短鎖ペプチド鎖が複数の遷移構造体になっているため、短鎖ペプチドの構造体はその種類よりも多数になると考えられる。