5.短鎖ペプチドの出現

先に述べたように、原始地球環境でアミノ酸類が多くの有機物質とともに存在し、海洋中に豊富に蓄積されていたことは、原始地球環境を仮想モデルにしたミラーの放電実験に基づく自然生成や、惑星空間から飛来するアミノ酸類が存在する隕石の研究などで支持されている。しかし、大切なことは、ミラーの実験や隕石にはアミノ酸が重合してできるペプチド類が痕跡程度も見いだされていないことである。これは、ペプチド類が原始地球環境で自然生成されなかったことを意味することでは決してない。蓄積された安定なアミノ酸類がそのままの状態にとどまらず、同じ原始地球の異なる自然環境でアミノ酸同士が脱水縮合し、直鎖構造のペプチドが生成される可能性も充分に考えられるのである。現に研究の結果、短鎖ペプチドの生成が、海底の熱水噴出口という場所であったのではないかという説が有力視されている。

それを証明するかのごとく、海底熱水噴出口とその周辺の冷海水の自然環境を想定した実験室規模のフローリアクターでも、数個のアミノ酸残基からなるペプチドが重合されることが実証されている。即ち、グリシンを無機物質と共に反応液に入れ250°Cで加熱し、それを冷水で処理すると、アミノ酸残基数6ケまでのペプチド重合体が生成されたという。原始地球の自然環境では、このような海底熱水噴出口などが大規模に存在しており、その周辺の冷海水や他の多くの複雑で複合的な自然条件では、アミノ酸残基数が10数個までの色々な長さの短鎖のペプチドが生成された可能性も充分に考えられる。この場合、決定的に重要なのは短鎖ペプチドが単独のアミノ酸類とは物性的に全く異なる物質である点である。更に、ペプチドの長さの変化によりペプチドの物性も大きく変わり、アミノ酸の種類と配列の違いにより、多様な独自の立体構造をもつペプチドが形成されることである。

 鍵を握る「短鎖ペプチドの自然生成」

私は、原始地球環境下で各種アミノ酸を含む多様な有機物質が自然生成されたことはもちろん重要であると考えるが、アミノ酸類の重合によるこの短鎖ペプチドの自然生成がなければ、その後の生命の誕生は全く不可能で、いわば短鎖ペプチドの形成が生命が誕生に向かう分水嶺であったと考えている。

太陽系第三惑星として誕生した原始地球の表面は、海や無機鉱物や粘土土壌などの無機物質からなる広漠たる死の世界であった。その原始環境で形成された短鎖ペプチドはアミノ酸類とは物性的に全く異なり、いわばアミノ酸は「静」であり、ペプチドは「動」あるという表現で示してよいほど、短鎖ペプチドの出現は原始地球表層が一斉にざわめきだし、動き始めたという、様相を一変させるほどの事態を引き起こし、その後、他の天体に全くない独自の環境を築き、奇跡的な生命の誕生を先導したと考えるのである。

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