3.原始タンパク様物質の合成

「タンパク質ワールド」仮説を唱える立場から、まずは原始地球環境でタンパク質の創生についての概要を述べておきたい。原始タンパク様物質の合成には、大別すると「直接的高分子合成説」と「ペプチドの段階的合成説」の二通りが存在したと推定する。

原子タンパク様物質を創生する2つの合成説

「直接的高分子合成説」は、アミノ酸混合液を加熱重縮合反応することで直接ミクロスフェアのような高分子のタンパク様物質が一段階で合成することが実験的に実証されていることもあり、原始地球の自然環境で一挙に高分子の原始的なタンパク質物質が形成されたとも考えられる。一方の「ペプチドの段階的合成説」は、最初にまずアミノ酸類が加熱重縮合してアミノ酸数の少ない短鎖のペプチドが合成され、中核となるペプチドの周りに他のペプチドが次々と段階的に会合してタンパク質の原型となる巨大な複合体が形成され、それが分子進化して原始タンパク質になったという考え方である。

私はこれら二つの過程で形成された原始タンパク様物質が、共に異なる役割を果たしながら生命誕生を牽引したのではないかと考える。即ち、「直接的高分子合成説」で生成された原始タンパク様物質が、生命誕生時の細胞膜の原型となる膜構造体に進化したかもしれない。しかし、「直接的高分子合成説」で合成されたものが(たとえ触媒機能をもつものが存在したとしても)、現存のタンパク質の多様な触媒や分子認識などの機能を持つそれに進化したかどうかは疑わしい。たとえ重要な機能を持つものが合成されたとしても、それはあくまでも偶然によるもので、実際に再現できる確率は著しく低く、不可能に近いだろう。私は、原始地球環境下での機能をもつタンパク様物質の合成と複製は、主に「ペプチドの段階的合成説」で行われたものではないかと推測しており、私の「タンパク質ワールド」仮説の主体は、この「段階的合成説」であるとも言える。

短鎖ペプチドの合成は、実験的にアミノ酸混合液から、加熱重合反応で実証されている。しかし、短鎖ペプチドからタンパク質のような高分子物質が形成されることは理論的には可能と思われるが実験的に証明されておらず、その痕跡すら発見されていない。この「ペプチドの段階的合成説」の可能性については、後述するとおりである。

原始地球は、アミノ酸類を含む有機物質を様々な条件下で出現させたり、さらに通常のアミノ酸生成とは異なる環境で、アミノ酸類を熱重合して奇跡的に短鎖のペプチドを合成させるなど、物理的にも化学的にも複雑で複合的な自然環境であったと考えられる。特に、この時期に生成された短鎖ペプチドは、他の物質には全く類例をみない独自の構造と機能をはらんで合成され、これこそが生命を誕生させた奇跡の物質であったと私は考える。本書では、この短鎖ペプチドの構造と機能を中心に述べ、さらにそれから誘導されるタンパク様物質が生命を誕生させた基本的な物質であることについても触れるつもりである。

もし、原始地球環境に、この短鎖のペプチドが出現していなければ、地球は他の太陽系惑星と同じように生命のない死の惑星のままであったことは間違いない。この短鎖ペプチドの出現以後に起こった短鎖ペプチドの高分子化とそれに伴う機能獲得などの分子進化、およびそれを基盤にした生命の誕生までのプロセス、更にその後の生物進化について、以下に私なりの「タンパク質ワールド」仮説について述べてみたい。

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