2.池原の[GADV]タンパク質の「疑似複製」仮説
[GADV]タンパク質の「疑似複製」仮説 ※池原先生より回答を頂いています。
一方、原始的タンパク様物質によるタンパク様物質の複製についての思索の代表的なものが、池原健二が提唱する[GADV]タンパク質の「疑似複製」仮説である。池原は、タンパク様物質自身がタンパク質を複製する可能性について「タンパク質ワールド」仮説で述べている。
「[GADV]タンパク質」仮説によれば、そのヒントになったのは遺伝暗号の関連で、現存する生物の遺伝子のGC含量が大きく変化してもタンパク質構造があまり変化しないという事実から、GNC遺伝暗号でコードされる4種のアミノ酸であるGly, Ala, Asp, Valに注目したという。これらのアミノ酸はいずれも簡単な構造をもち、原始地球環境で自然生成されると見なされているものばかりである。さらに、この4種のアミノ酸が自然重合してペプチド鎖を形成し、それがさらに相互に結合して、大きなタンパク様複合体を形成し、触媒機能をもつまでに分子進化したものを、[GADV]-タンパク質と定義している。さらに4種のアミノ酸から構成された[GADV」-タンパク質の触媒作用が別のさまざまな機能を持つタンパク様物質を生成したと推定し、これを擬似複製と称している。原始地球環境では、この疑似複製で生成した[GADV]-タンパク質の多種類のタンパク様構造はあくまでもアミノ酸配列がランダムにつながり、多様な構造をもつ疑似複製体として創生されたと推定している。また、実際にGly, Ala, Asp, Valの4種類のアミノ酸の混合液を加熱し、蒸発・乾固すると触媒機能をもつタンパク様物質が生成することを実験的に確認している。
池原は次に、この生じた[GADV]-タンパク質がヌクレオチドと遺伝暗号をもつRNAを創生し、やがて自己複製機構をもつRNAが創生され、その後生命誕生に至る「タンパク質ワールド」仮説を展開したのである。
しかし、私にはこの[GADV]タンパク質仮説が基本的にタンパク質が生命誕生を推進した唯一の物質であることは納得できるとしても、若干の疑問点がないわけではない。私の疑問点を列記すると次のようになる。
一つめの疑問はこの疑似複製以外の、現存のリボソームが介在するタンパク質生合成のようなアミノ酸配列を正確に読み取るタンパク質の複製機構について、全く検討がなされていない点である。二つめの疑問は、池原は加熱・蒸発・乾固の自然条件をモデルにした自らの実験でアミノ酸混合液から触媒機能のあるタンパク質を生成したが、果たしてそれが再現性があるものなのか、また、タンパク質の多様性はどのように形成されるのかということが不透明な点である。さらに、疑似複製の過程に関与すると考えられるペプチドが他のペプチドと結合し複合体を形成し、それがタンパク様物質になる過程を推定しておきながら、その独自の生成過程に言及していない点にも疑問が残る。
私は、総じて疑似複製について、さらに自然生成されたペプチドと疑似複製との関係についての記述に曖昧な印象を受けた。また、何故、疑似複製を構成するアミノ酸を4種に限定したのかという疑問もある。ミラーの実験でも明らかなように、原始地球環境で自然生成されたのは4種のアミノ酸以外にも存在したはずで、池原がそこを特に追及しなかったのは、GNC遺伝暗号との関連にこだわったせいだったのではあるまいか。そうだとすれば、ここにも核酸が生命誕生の一翼を担うという固定概念の影響が及んでいるのではないかと感じられる。以上が池原の「疑似複製」仮説に対する私の感想であるが、私はこれを基盤に、私なりのタンパク様物質の原始的な複製機構を考えてみたい。